東京大学先端科学技術研究センター 協働事業

チガイ・ラボ  講座レポート

私たちに合った言語と文化 - 聴覚障害の当事者研究より -

当事者の立場から、聞こえに困難を抱える人々が舞台や映像に接する際のアクセシビリティ向上に取り組んでいる廣川麻子先生と牧野麻奈絵先生。聞こえる人も聞こえない人も、誰もが心からエンターテイメントを楽しむために、どのようなサポートが必要なのでしょうか。

※本記事は、すぎなみ大人塾総合コース2023『チガイ・ラボ』で行われたカリキュラムより抜粋・再編集したものです。

このレポート記事は、実際の講座内容をもとに要約したものです。実際の講座が気になる方は、ぜひ動画から体験してみてください。

目次

イギリスの観劇サポートに受けた衝撃

廣川麻子先生:私は生まれた時から、耳が聞こえません。私以外の家族の両親、妹2人、祖父母は全員聞こえる聴者で、「声による会話(口話)」をしていたため、私も口話で育ちました。手話と出会ったのは大学生の時です。ろうの方との出会いから手話を知り、手話を習得して、現在までおよそ30年間、手話を使っています。

パートナーは聴者で、パートナーとは声または手話を使ってコミュニケーションをとっています。パートナーはそんなに手話が堪能ではなく、私が声で話し、相手は手話で返してくるという少し変わったコミュニケーションの方法になっていることがあります。

現在、私は東京大学での勤務とは別に、女優の黒柳徹子さんが立ち上げた社会福祉法人トット基金の付帯劇団である『日本ろう者劇団』で、30年近く俳優・制作として活動しています。2009年には、ダスキンが実施している障害者リーダー育成のための海外派遣事業により、「障害者の演劇活動環境の向上」をテーマにイギリスに一年間留学しました。この時、観劇におけるイギリスの支援制度に衝撃を受けました。

当時の日本では、聴覚障害者が劇を観る際、「借りた脚本を見て台詞を追いながら観劇する」という方法しかありませんでした。しかし、イギリスではすでに「手話通訳」や「字幕」などのサポートが用意されているのが当たり前でした。日本でもこのような仕組みをつくりたいと、帰国後の2012年に仲間たちと立ち上げたのが、観劇支援団体『シアター・アクセシビリティ・ネットワーク』(通称TA-net/たーねっと)です。翌2013年にはNPO法人化し、「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」というスローガンのもと、活動を続けてきました。

[講座スライドより]

多様な障害のかたち、多様なコミュニケーション法

さて、一口に「聴覚障害者」といっても、「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」というようにそれぞれアイデンティティとして属性があります。私の場合は、「ろう者」に当たります。「難聴者」は聞こえづらい人ですが、その聞こえ方には個人差があります。

[講座スライドより]

「中途失聴者」は、生まれた時は耳が聞こえていたけれども、病気や出産などさまざまな要因によって、聴こえなくなることです。小さい時に耳が聞こえなくなる人もいれば、年々少しずつ聴力が落ちていって聞こえなくなる人もいるなど、失聴する年齢もきっかけも人それぞれです。

「聴覚情報処理障害(APD)」は、最近ようやく認識されるようになった比較的新しい障害です。聴力には問題がないけれど、言葉として意味を認識することができないという症状で、原因や治療法はいまだ明らかになっていません。彼らは“音”は聞こえるけれども、“意味”として理解することができないため、「文字」として情報を得ます。

[講座スライドより]

聴覚障害者のコミュニケーションの方法は、「手話」「音声」「文字による筆談」と大きく3つに分けることができます。手話のみを使うという人は実はそれほど多くはなく、手話の分からない人と会った時は筆談を使うなど、場面に応じて使い分けている人が大半です。

また、聴覚支援のためのツールも、「手話通訳」の他に「文字通訳」「要約筆記」「補聴器」「人工内耳」など、現在はさまざまなものが出てきています。イベントや会議などの場には、手話通訳だけ用意すれば全て解決するというわけではありません。重要なことは、聞こえ方が異なる人たちのために、さまざまな選択肢がある状況です。

[講座スライドより]

みんなが一緒に芸術や文化を楽しめる社会を

さて、ろう者・難聴者はどうやって舞台を楽しむのでしょうか?

まず、「舞台手話通訳」という方法があります。一般的な手話通訳は、スーツを着て、舞台の外で真面目な様子で通訳をすることが多いのですが、舞台手話通訳の場合は、俳優のような扮装で舞台の上で通訳をします。作品の一部として、時に俳優の分身のように自然に通訳をするというスタイルで、近年少しずつ増えています。

スクリーンや手元のタブレットなどで「字幕を読む」という方法もあります。また、「ヒアリングループ」を備えている劇場もあります。床の下にループアンテナが敷いてあり、必要な人は、補聴器を通してクリアな音を拾えるという設備です。他に、音楽会などでよく使われるのが「振動デバイス」です。腕に抱えたり、座布団のように椅子に敷いたりして、音を振動として体感することができる機器です。その他、前方の座席に座り、俳優の口元をじっと見て、台詞を読み取るという人もいます。

[講座スライドより]

最近は、演劇の動画をスクリーンで上映し、その横で、ろう者が「手話弁士」として手話による語りという、新しいスタイルの観劇法も出てきています。ろう者が第一言語の手話で語るため、手話表現がとても魅力的なのが特徴です。

[講座スライドより]

私の研究テーマは、『芸術文化における情報保障、観劇サポートの社会実装』です。この研究には「支援技術」「啓発の方法」、そして「ロビイング」という3つの柱があります。

「支援技術」としては、音声を認識し、文字を表示する『UDトーク』を使った文字支援者の育成、舞台手話通訳者の育成、技術向上のための研修の機会の提供などを行っています。

「啓発の方法」としては、主にサポート付きの公演情報を発信するサイトの運営やメルマガを発行しています。また、観劇後に「観客同士で集まって感想を話し合う会」を設けることもあります。ろう者や難聴者だけでなく、聴者の人、車椅子の人など、さまざまな立場の人が集まって、芝居の感想を語り合い、作品への理解をより深めていく場です。

[講座スライドより]

最後の「ロビイング」は、社会に対して発信していく、訴えていくという活動です。観劇サポートにおいて、台詞には字幕が付くのに、著作権上、劇中歌の歌詞には許可が降りず字幕が付かないというケースは少なくありません。著作権法が妨げになって、聞こえない人の観劇体験が不十分になってしまうのです。このような課題に対し、問題提起をする動画やパブリックコメントを呼びかける動画などを作っています。

私たちの活動には、社会の理解、字幕や手話通訳など支援技術の向上、そして主催者の理解が不可欠です。社会の理解に関して言えば、例えば「芝居に字幕や手話通訳をつけて、誰もが楽しんで観られるようにするべきだ」というようなことを、みなさんから劇場に伝えていただけるとありがたいです。“一般のお客様”であるみなさんの声が、劇場文化を変える一歩になります。芸術や文化に触れることは、豊かな人生を送ることにつながります。みなさんと一緒に芸術や文化を楽しめる社会を、これからも作っていきたいと思っています。

4つの言語を使い分ける

牧野麻奈絵先生:私はろう者で、生まれつき聞こえません。生後6ヶ月くらいから補聴器をつけ、1歳から手話を使い始めました。私は「デフファミリー」といって、家族全員が聞こえない家庭で育ちました。親もろう、子どももろうである確率は、10%程度と言われています。母はろう者、兄が難聴者で、私の聴力は母と兄のちょうど真ん中ぐらいです。 

小さい頃は、聴者の祖父母と一緒に暮らしていました。そのため、祖父母とは声で、母親とは手話で、難聴の兄とは手話と口話の両方を用いてコミュニケーションをとっていました。

[講座スライドより]

私の使用言語は、『日本手話』『日本語』『アメリカ手話』『英語』の4つです。また、『国際手話』も現在勉強中です。国際手話とは、各国の手話言語とは別に、国際会議などで用いられる手話で、ろう者の国際的なオリンピックであるデフリンピックでも、公用語となっています。2025年に東京で行われる100周年記念のデフリンピックに向けて、国際手話の通訳に関われたらと思い、今から勉強をしています。

私はアメリカに4年間住んだ後、翻訳や手話指導の仕事を経て、熊谷研究室に入職しました。現在は、ユーザーリサーチャーかつ博士後期課程学生として、研究室に在籍しております。

飛行機内の映画に字幕をつけるには?

世界ろう者連盟によると、世界には200以上の手話が存在するそうです。音声言語が国ごとに違うように、使われる手話も国によって異なります。手話は、世界各地のろう者のコミュニティの中で発展してきました。実は、同じ英語圏でも『アメリカ手話』『イギリス手話』、オーストラリアの『オースラン』と、国によって手話は異なります。

さらに方言のようなものもあり、日本手話でも関東と関西、アメリカ手話でも東海岸と西海岸では、微妙に表現の違う手話が使われています。私の母は北海道の生まれなのですが、関東に越してきた時に、数字の手話が周りの人に通じなくて大変だったと言っていました。

[講座スライドより]

さて、私の研究は『聴覚障害者の機内快適性』がテーマです。これは、アメリカ留学中、日本へ一時帰国する際に体験した私自身の“困りごと”がきっかけでした。

飛行機内で、前の座席の背面についているモニターで映画やゲームなどを楽しめる機内エンターテインメント(IFE)は、みなさんもご存知でしょう。公開まもない最新映画が観られるなど、長時間のフライトを乗り切る強い味方です。私自身も楽しみにしていたのですが、いざ搭乗して作品をチェックすると、字幕が付いていないという経験が度々ありました。音声の「日本語吹き替え版」が用意されていることも少なくないのですが、私にはそれでは内容が分からず、聴者のみなさんと同じように作品を楽しむことができません。IFEの映像に字幕を付け、アクセシブルにするためにはどうしたらいいんだろう。そんな疑問から、現在の研究は始まりました。

[講座スライドより]

これまで、文献調査やステークホルダーへのインタビュー、アクションリサーチなどを通して研究を進めてきました。聴覚障害者・聴者双方に行った機内快適性に関するアンケートでは、「空間的快適性」「機内エンターテインメントの快適性」における聴覚障害者の得点が、聴者よりも有意に低いということが明らかになりました。

国内の聴覚障害当事者団体へのインタビューからは、聞こえの状態やニーズは人によって多様であり、字幕を付けるという視覚的な情報の保障だけでなく、聴覚活用による情報アクセシビリティ向上も検討しなくてはならないことが示唆されました。

[講座スライドより]

重要なのは、「法整備」や「コンテンツ制作配給会社へのアプローチ」、「個別最適化」と「多言語化」だということが、これらの調査から徐々に見えてきました。今後は、IFEへの字幕付与と空間快適性の向上のために必要な具体的なアクションを、明らかにしていければと思っています。

さて、今日はみなさんと私たちの違いについて、お気づきの点がいくつかあったのではないかと思います。私たちは“目”で情報を得て、“手”で話をします。みなさんは「耳と口の人」。そして私たちは、「目と手の人」と言えるかもしれません。音声言語ではなく、視覚言語で生きている人がいるということをぜひ知っていただけると嬉しいです。そして、もしどこかで聴こえない人とお話しする機会があったなら、ぜひ筆談や身振りで、もし手話をご存知の方がいれば手話でお話しいただければ嬉しいです。

廣川麻子
東京大学先端研熊谷研究室 ユーザーリサーチャー 学術専門職員 、特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)理事長
先天性ろう者、東京出身。和光大学在学中の1994年に(社福)トット基金日本ろう者劇団入団。2009年ダスキン障害者リーダー育成海外派遣事業第29期生として1年間、英国研修。2012年シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)設立。2015(平成27)年度(第66回)芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)ほか受賞。2018年より東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野ユーザーリサーチャー/特任研究員として芸術文化におけるアクセスを研究中。
アクセシビリティ公演情報サイト
牧野麻奈絵
東京大学先端研熊谷研究室 ユーザーリサーチャー(学術専門職員)
生まれつきろう者で、目と手で話す人。補聴器ユーザー。使用言語は日本手話、日本語、アメリカ手話、英語。2019年2月より東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野熊谷研究室にてユーザーリサーチャーとして勤務開始。2023年4月より東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士後期課程学生として在籍中。
東京大学ユーザーリサーチャープロジェクト まきのまなえ

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