東京大学先端科学技術研究センター 協働事業

チガイ・ラボ  講座レポート

孤立感と依存の関係 - 依存症の当事者研究より -

薬物依存やアルコール依存を抱える女性をサポートする「ダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)女性ハウス」を1991年に設立し、運営してきた上岡さん。自身も依存症の当事者である上岡さんは、仲間同士が経験を語り合う「当事者ミーティング」を通して、女性たちの回復に寄り添ってきました。

※本記事は、すぎなみ大人塾総合コース2023『チガイ・ラボ』で行われたカリキュラムより抜粋・再編集したものです。

このレポート記事は、実際の講座内容をもとに要約したものです。実際の講座が気になる方は、ぜひ動画から体験してみてください。

目次

私は、薬物依存やアルコール依存を抱える女性たちのための回復施設『ダルク女性ハウス』(以下、ハウス)を30年以上運営しています。ハウスには、宿泊部門と通所部門があり、当事者のスタッフが中心となり活動しています。他にも、2021年に『ハームリダクション東京』という団体を立ち上げ、薬物使用に関するオンライン相談を提供しています。

依存症とはどのような状態なのか

私自身、26歳で依存症の施設につながるまで、処方薬とアルコールの依存で長年苦しんできました。私たち当事者の立場からすると、依存症は「失恋をしたような、心に穴があいたような感じ」がずっと続き、それをお酒や薬物、ギャンブル、買い物などで必死に埋めようとする状態です。また、疲れたり、風邪を引いたり、人間関係がうまくいかなかったり、親族の死や経済的な問題に直面したりした際に、誰かに相談して解決するのでなく、「思いきり、それらをやったら何かが良くなる」と身体的に思っています。そしてそれらを繰り返すうち、やめなくてはと頭では分かっていても、次第にコントロールができない状態になるのです。

[講座スライドより]

依存症の種類は、<アルコール><薬物><ギャンブル><オンライン・ネットゲーム><買い物><浪費・借金><万引き(クレプトマニア)><摂食障害><セックス><処方薬><恋愛>などさまざまです。日本には、これらのほぼすべてに、当事者を中心とした「自助グループ」、そして家族のための「家族会」があります。

[講座スライドより]

実は、依存症で一番大切なのは「家族の支援」です。日本では依存症に関する深い偏見があるため、当事者の家族は、自分の親、あるいは子、兄弟が依存症であるということを、なかなか周囲に伝えることができません。いざ伝えられたとしても、例えば結婚を考えた時に、相手側が認めてくれず破談になるなど、家族が背負うスティグマには深刻なものがあります。

依存症は、支援につながるまでに5年から10年間、治療をスタートして信頼関係を築くまでに3年から5年間かかるとされています。もちろん、治療につながらず何とか生き延びる人もいますし、使ったり止めたりを繰り返す人もいます。

日本では「薬物依存」と言うと、6割が市販薬・処方薬、3割が覚醒剤、1割がマリファナへの依存です。親が服用していた抗うつ薬が家にあったから、といったきっかけで薬を飲み始めてしまう子も少なくありません。 

薬物依存症の支援には、<地域強化アプローチ><動機づけ面接><家族中心アプローチ><認知行動療法>などいくつかの方法がありますが、ダルク女性ハウスでは、『自助グループ・12ステップ(※)』と『当事者研究』をメインで行っています。

※ 12ステップ……依存症からの回復を目指し、12の段階を一つずつ進めていくプログラムのこと

「あなたはどうしたいの?」主体は自分にある

私たちは、2002年頃から、同じような境遇にいる仲間同士が感じたことを語り合う「当事者ミーティング」を軸とした当事者研究を行ってきました。私たちが研究を始めるまで、薬物依存の女性たちの実態はほとんど知られていませんでした。どんな経験をしているのか、どんな支援を受け、どこでどんな生活をしているのか。20年以上かけて、私たちは何百人もの女性たちの話に耳を傾けてきました。

実は、薬物・アルコール依存症の女性たちの多くは、幼少期から精神的・身体的に暴力の被害を受けてきて、心に深い傷を負っています。辛さを忘れるため、彼らは薬物やアルコールに手を出しますが、10年間ほどかけて築いた関係性の中で初めて、「自分がなぜ、どのように大変だったのか」を言葉にできるようになるんです。暴力を生き延びるということは、私たちが想像するよりも遥かに長い時間がかかるということがよく分かります。

当事者研究では、『主体が自分である』という感覚を味わいます。言い換えると、「あなたはどうしたいの?」ということですが、みんな、これを嫌がりますね。「自分がどうしたいのか、小さな頃から分かるような状態だったら依存症になんてなっていない」と言います。

一人ひとりが抱える問題は、個人だけの問題ではありません。「個人の問題」であると同時に、「社会の問題」でもあり、その両方をつないでいくのが当事者研究です。メンバーたちは、ミーティングを通して人とつながり、苦しんでいるのは自分だけではないと知り、互いに手助けし合いながら少しずつ回復していきます。

[講座スライドより]

薬物依存症の女性のイメージ

初期の頃のミーティングで、「薬物依存症の女性のイメージ」を出し合ったことがあります。「痩せていてうらやましい」「弱い」「だらしない」「自己中心的」「自信過剰」「男性関係にルーズ」など、多くの意見が上がりました。

さらに、「そのイメージって、思い込みじゃない? 本当の姿はどうかな?」と掘り下げてみると、「優しい」「寂しい」「自分の気持ちを伝えるのが苦手」「バカ正直で真面目」「自信がない」「人を信じられない」といった実像が浮かび上がってきました。

[講座スライドより]

彼女たちは、周囲からは「衝動的」と思われがちですが、幼少期から長期間にわたって複雑な家庭環境に耐えてきたなど、実は相当に「我慢強い」。時に犯罪に結びついてしまうような、衝動的と見られる行動も、何十年も我慢に我慢を重ねた末なんですよね。

また、彼女たちが薬やアルコールを止める過程では、それまで麻痺していて気づかなかった痛みを感じるなど、体の問題に直面することが少なくありません。ダルク女性ハウスでは、体調を崩したらどの病院を受診したらいいか、生理前の心身の変化とどう付き合っていくかなど、互いに情報を共有しながら、体をケアする方法を学んでいきます。 

さらに、再び大変な状態に陥らないためにどうしたらいいかを考えるために、過去を振り返りながら、薬物を使っていた時に「私はこう見られたかった!」というのを出し合います。
「カッコ良く見られたい」「仕事ができると思われたい」「頼られたい」「女なのにスゴイ」「一途な女だと思われたい」……。
つまり、また同じようなことを考え始めたら、薬物に再び手を出してしまうかもしれない危険信号だというのをみんなで認識を共有するということです。

[講座スライドより]

普通の暮らしを学んで、生き方を変える

これまで20年以上当事者研究を続けてきて、見えてきたことがあります。それは「生活のしかた」を知らなければ、薬やアルコールを止め続けるのは無理だ」ということ。私たちは『生き方を変える』という言い方をするのですが、依存をやめることが先決ではなく、やめない彼らに伴走していく姿勢が大切です。

何十年も大変な環境に生きてきた人たちにとっては、「お茶の淹れ方」や「お風呂の沸かし方」、「季節の行事」「選挙のしくみ」など、いわゆる普通の暮らしや世の中の常識が分からないことも少なくありません。それらを身につけるためには、仲間と安全な居場所の確保が必要です。みんなと時間を共有する中で「生活のしかた」を練習し、もう一度日常をやり直していくんです。

そして、「一緒に楽しむ」ことも重要です。みんなで美味しいものを食べる、どこかに出かける。そうしたことを行う内に、段々と「楽しむってこういうことなんだな」ということを覚えていくのです。

当事者研究では、みんなが好き勝手なことを言うのですが、それが面白いんですよね。時間がかかりながらでも、彼らがいられる場や空間のようなものを作り、みんなでしんどさを乗り越えていく。それを幅広い仲間たちとできるのが、当事者研究の素敵なところです。

[講座スライドより]

上岡陽江
ダルク女性ハウス施設長 / 精神保健福祉士
10代から処方薬依存・摂食障害・アルコール依存を経験し、20代半ばで回復プログラムにつながる。1991年に薬物・アルコール依存をもつ女性をサポートするダルク女性ハウスを設立。依存症の母親とその子どものための包括的な支援に注力。当事者への支援に加え、援助職者のための研修、グループワーク、スーパーバイジングなどにも従事。2018年より、東京大学熊谷研究室の研究員として、当事者研究に参加。2016年4月、国連麻薬特別総会(UNGASS)に政府代表団顧問として参加している。また、権利擁護の観点から、薬物使用の背景にある人種や民族、ジェンダー、社会経済的状況、障害など、様々な社会的不公平を是正しながら、クスリ・ドラッグ・薬物を使うことによる、健康や生活へのダメージを少しでも小さくすることを目指して、ハームリダクション東京の活動を進めている。
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