東京大学先端科学技術研究センター 協働事業

チガイ・ラボ  講座レポート

おとなの知らないこどもたちの世界 -こどもの当事者研究より- 『自分研究』のススメ

東京都の公立小学校に勤務する森村美和子先生は、『自閉症・情緒障害特別支援学級』と呼ばれる、さまざまな支援ニーズを持った子どもたちのための学級を担当しています。困りごとに向き合う『自分研究』を子どもたちと進める中で、見えてきたことは何だったのでしょうか?現代の学校教育に関する考えも含めお話を伺いました。

※本記事は、すぎなみ大人塾総合コース2023『チガイ・ラボ』で行われたカリキュラムより抜粋・再編集したものです。

このレポート記事は、実際の講座内容をもとに要約したものです。実際の講座が気になる方は、ぜひ動画から体験してみてください。

目次

学校は、多様な子どもたちがいることが前提になっているか?

私は、『自閉症・情緒障害特別支援学級』というところで、自閉症や緘黙(かんもく)といったさまざまな事情を持つ子どもたちを中心にした学級の担任をしています。

文部科学省が2022年に発表した調査によると、「知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示す、通常学級に在籍する児童生徒」の割合は8.8%とされています。また、この数値に含まれない「特別支援学級に在籍する子ども」の割合は、この10年で1.6%から3.4%へと2倍に増えていると言われています。

昨今、「インクルーシブ教育」という言葉が使われるようになってきていますが、これはさまざまな違いを持った子どもたちが、「障害の有無にかかわらず共に学び合う教育」のことです。日本の教育は、“障害者”と“そうでない人”とを分離させているため、インクルーシブ教育の理念に反しているとして、2022年に国連から勧告を受けました。分離の先には特別支援学級や特別支援学校があり、その数はどんどん増える一方です。私が担当する特別支援学級も「分離の先」と言われている学級です。

はたして、今の学校は、多様な子どもたちがいることが前提となっているだろうか。始めから分離を促す構造になってはいないだろうか。学校教育のあり方に対し、私はそんな“モヤモヤ”や葛藤を日々抱えていますが、この“モヤモヤ”と向き合うためには、当事者である子どもたちの視点や仲間の存在がとても大切だと考えています。

「安心して困ることができる」環境づくりを

[講座スライドより]

特別支援学級は、発達障害や感覚過敏、自閉スペクトラム症(ASD)、不登校など、さまざまな困りごとを抱えた子どもたちが通っている学級です。子どもたちに「この学級はどんなところ?」と聞くと、「静かに勉強ができ、楽しいところ」「みんなが笑顔でいられる」「自分のペースでできる」「学校は怖かったけど、ここは少人数で雰囲気もクラスより良くて、学校に来やすくなった」などの答えが返ってきました。

もともと私は「特別支援」を専門にしていたわけではなく、配属後に発達障害や自閉症などについて勉強するようになったのですが、目の前の子どもたちに接していると、本で読んだ通りにはいかないことが山ほど出てきて、“上手くいかなさ”や違和感を常に感じていました。

また、子どもたちと関係性ができてくると、彼らは「僕って変なのかな?」「私ってみんなと違うよね? 馬鹿なのかな?」など、少しずつ気持ちを打ち明けてくれます。宇宙の知識が豊富だったり、絵が上手だったり、キラキラ光る素敵なところをたくさん持っている子どもたちが、学校で“普通”に合わせられず傷つき、生きづらさを抱えている。「そんなことないよ。あなたは素敵だよ」と伝えたくても、子どもたちにはそのような言葉がなかなか届かず、何とかならないだろうかと無力感を抱いていた時に出合ったのが、『当事者研究』の考え方でした。

[講座スライドより]

当事者研究にヒントを得てスタートした、困りごとに仲間たちと向き合う取り組みを、私たちは『自分研究』と呼んでいます。学校には、どこか“困るのは悪”というような風潮があると感じます。困ったことがあっても、「大丈夫です」「困っていません」と言わざるをえず、ヘルプを出せない。「安心して困ることができる」ということは、本当はとても大切なこと。自分研究を通して、安心して困ることができるような環境づくりを目指したいと思っています。

[講座スライドより]

不安を自分から切り離し、仲間たちと対処法を考える

『自分研究』は、同じ悩みや課題を持つ子どもたちと、困っていることについて言及し、対処方法を一緒に考えていくという試みです。研究を進める時は、私は「先生」ではなく、「共同研究者」「研究所の所長」といった立場で、子どもと対等になって取り組んでいます。

抱えている困りごとを自分自身の言葉で説明するのは、子どもたちにとってなかなか難しいもの。そこで自分研究では、「困りごとを体現するキャラクター」を作って、そのキャラクターを研究するということをしています。キャラクターに名前を付けて、いつ、どんな時に出現するか、どんなことをするか、強さのレベルは?など、その特徴を分析していきます。不安に直面した時、「不安だ」と言うのは難しくても、「泣き虫ゴーストが出たよ。デカかった」「100匹も追いかけてきたよ」といった伝え方だと、表現しやすくなります。そのような形で、困っていることを共有してもらうことから始めていきました。

[講座スライドより]

悩みをキャラクターとして“外在化”させたら、今度はそのキャラクターの対処方法のアイデアを仲間と出し合います。「どんなアイデアでもOKだよ。ただ不快なものはナシね」「みんなのアイデアを、なるほど、いいねって受け止めようね」などいくつか守ってほしいことを伝え、グループになってブレインストーミングをします。これは、子どもたちにとって「ソーシャルスキルトレーニング」の一つにもなっています。

「お守りをつくる」「短時間寝る」「セラピードームに入る」「人生相談ノートを作る」……ブレインストーミングで出てきたたくさんのアイデアは、『対応カード』と呼ばれるカードにし、その中から困りごとを抱えた本人が、「来週はこれで対処してみよう」と気に入ったものを選びます。試してみて、「この対処法がよく効いた!」「あれは良くなかった!」などと振り返りながら、必要であれば別のカードを試してみる、といった進め方です。

[講座スライドより]

本当に困っている子どもは「困った」とは口にできず、周囲にヘルプを出せません。でも、困りごとをキャラクターにして自分と一旦切り離すことで話題にしやすくなり、不安なことや苦手なことも話していいのだと思えるようになるんですね。また、何か一つ解決策をアドバイスされ、それが上手くいかないと「もうダメだ!」と思い詰めてしまう子も少なくないのですが、たくさんの『対応カード』の中から一つ選んで上手くいかないのなら、それはカードがダメなのであって、自分がダメなわけではない。上手くいかなければ別の方法を試せばいいだけなんだよ、というメッセージを伝えながら自分研究を進めています。

[講座スライドより]

ジブンで考えてみる

あなたが抱えている不安や悩みを一つとりあげて、キャラクターにしてみましょう。いつ、どんな時に出現し、どんなことをする特徴を持ったキャラクターでしょうか?キャラクターに名前を付けて、対処法をいくつか考え、しっくりくるものから試してみるのがオススメです(誰かと一緒に考えてもOK)。

不安と共に育っていく

直接、人前で話すことに抵抗を持つ子どもたちもいます。自分研究では、絵や物語、動画、歌、ダンスなど子どもたち一人ひとりに合った表現方法を探す、ということも大切にしています。

例えば、不安傾向が強いため学校になじむことが難しく、通常学級では泣いてしまったり固まったりしてしまう子がいました。彼女は自分研究に取り組み、絵で描くという表現手段で自分の気持ちを表すことができるようになりました。

自分研究をしてしばらくして、不登校気味になってしまった時も、その子は得意な絵で感情をマンガにし、表現してくれました。『頭に生えた「大泣き草」を育てていく』というストーリーで、「みんなにたよってもいいもん。そう思うと落ち着く」「頭に生えた大泣き草は、チョキンとはさみで切って、コップに入れた水で育てるの」と彼女は言います。自分の一部である不安を消そうとするのではなく、育てて向き合うんですね。

[講座スライドより]

この子に限らず、このように「困りごとと“共に育つ”」という感覚を持っている子は少なくありません。大人が一生懸命「不安を克服させよう」とすると、彼らは自分の一部を否定されたように感じてしまうこともあるようです。教員側は、どうしても「マイナス面を改善させないと」「苦手は克服してなんぼ」などと考えてしまいがちですが、意外とそうではないところに子どもたちの答えがあることもあります。大人が思い描いている子ども像を遥かに超えたアプローチに感心させられることも多く、私の方が子どもたちから日々学んでいるという感覚です。

「気持ちはすべて大事」。とある女の子が口にした言葉が印象に残っています。学校は、「楽しかった」「嬉しかった」というような作文を書かせるなど、前向きとされる気持ちをたくさん表現させますよね。一方で、子どもが「つらい」「痛い」などと口にすると、「つらくないでしょ!」「痛くないでしょ!」というように、気持ちを否定してしまう。本来は、「すべての感情」が大事なはずです。私たちは子どもたちのあらゆる感情をちゃんと受け止められているでしょうか。

大人だって同じ。「もう今週は疲れちゃった」なんてことも言えずに、日々頑張りすぎてはいないでしょうか。本当はどんな気持ちも大切で、それらを大人自身もちゃんと受け止めるところから始まるんじゃないか。そんなことを、子どもたちから教えてもらっています。

苦手や失敗を受け入れ、「好き」や「ワクワク」にフォーカスを

私たちは、遊びを通して共通項や違いを見つけ合い、自己理解を促すゲームをたくさん活用するようにしています。例えば、フルーツバスケットを行う時に、「算数が苦手な人」「パンが苦手な人」など、自分の苦手なことをキーワードに動く、というルールを取り入れると、「私もそれ苦手」「僕も僕も」と、同じ困りごとや特性を持つ仲間とつながっていくことがあります。

[講座スライドより]

また私自身、頻繁に自己開示をするように意識しています。実はしょっちゅう忘れ物をしてしまうのですが、その忘れ物癖を『忘れん坊主』というキャラクターにして研究対象にし、失敗談もよく子どもたちに話します。「大人も失敗するんだ!」「自分だけじゃないんだ!」と思えると、自己否定感が強い子どもたちの進むべき一歩が見えてくることもあります。

それから、これは私の反省でもあるのですが、「特別支援の子ども」のイメージというと、つい障害種名にとらわれて「苦手を克服させよう」という方向性で対応してしまいがちです。でも、子どもたちの「好き」や「夢中」「ワクワク」などに焦点を当てるアプローチが、学校教育においてとても大切なことなのではないかと思っています。

[講座スライドより]

大人の何気ない一言や対応によって、子どもは全然違う一面を見せてくれます。学校教育の中でこれらを引き出し活かしていくために、大人の感性を高めていくことが大切だと感じます。子どもを変えようとするのではなく、環境側が変わること。「子どもだからできない」と捉えるのではなく、大人側が持つ「子どもイメージ」を再構築してみる。その上で語り合ってみるということが、今、学校教育に求められているのではないでしょうか。

関連書籍

『特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメー子どもの「当事者研究」の実践』(金子書房)2022年 熊谷晋一郎監修、森村美和子著

『特別支援教育をサポートする図解よくわかるソーシャルスキルトレーニング(SST)実例集』(ナツメ社)2012年 岡田 智、中村 敏秀、森村 美和子:著

森村 美和子
小学校指導教諭・学校心理士
知的障害学級、通級指導教室を経て現職。 東大先端研熊谷晋一郎氏の当事者研究を参考に教育の場で子供たちと「自分研究」として実践。 朝日新聞「花まる先生」やNHK「苦手と向き合う子供たち」のユニークな試みとして注目。平成30年度文部科学大臣優秀教職員表彰受賞。現在、メタバースやアバター等の新たな実践やインクルーシブな学校作りの校内研修にも力を入れる。
(序文無料公開)著書「特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメ」

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