東京大学先端科学技術研究センター 協働事業
ゲンゴカ・ラボ 講座レポート
ことばの意味論「日本語における不正義 ~近代翻訳語と語釈~」
間淵 洋子(和洋女子大学人文学部日本文学文化学科 教授)
講義日 2025-11-20
「ゲンゴカ・ラボ」、最後のゲスト回となる第6回の講義は、和洋女子大学人文学部日本文学分化学科 准教授の間淵洋子先生をお迎えしました。テーマは、「日本語における不正義〜近代翻訳語と語釈〜」です。
私たちが日々、何気なく使っている日本語。その語彙や表現の一つひとつは、過去の日本社会の価値観や権力関係、そして翻訳という営みの中で形づくられてきました。本講義では、日本語の成り立ちや語彙の構造、そして近代翻訳語の具体例を手がかりに、言葉の背景を問い直していきます。
※本記事は、すぎなみ大人塾総合コース「ジブン・ラボ」シリーズ2025『ゲンゴカ・ラボ』で行われたカリキュラムより抜粋・再編集したものです。
このレポート記事は、実際の講座内容をもとに要約したものです。実際の講座内容が気になる方は、ぜひ動画をご覧ください。
目次
こんにちは、間淵 洋子です。私は普段、専用のツールを使って言葉の統計を取ったりするコンピューター言語学や、世の中にあるさまざまな資料をデジタル化して利活用するデジタル人文学という分野を専門にしています。
今日は、「なぜ日本語に不正義が含まれるのか?」という話をしたいと思います。
日本語というのは、過去の日本人によって生み出され、過去からの積み重ねによってできています。それが意味することは、そこに「過去の日本社会の価値観や文化」といったものが反映されている、ということです。言葉は人間が生み出すものであり、人間は漏れなく社会に属しているからです。
日本語に、過去の価値観や文化が含まれているのなら、現在の視点から見ると、そこにはどうしても齟齬が生じます。そして、その齟齬が「不正義」になってしまうのです。
では次に、近代の翻訳語に見る不正義についてお話ししたいと思います。ここに、いくつかの漢語があります。
[講座スライドより]
漢語はもともと中国語の古典を由来としており、中国語の漢字を音読みして使う言葉を「漢語」と呼びます。ここに挙げたものはすべて漢語ですが、これらを二つのグループに分けるとしたら、どのように分けられるでしょうか。
[講座スライドより]
左側というのは、中国から輸入し古くから日本で使われていた古い漢語です。一方右側は、日本で作られた漢語で「和製漢語」と呼ばれることもあり、近代になってから使われるようになった「新しい漢語」になります。気づいた方もいるかもしれませんが、現代の私たちが日常的によく使う「重要な語」がたくさん含まれていますよね。
実は日本語というのは、他国との関係性の変化によって、言葉がどんどん変化してきました。具体的には、日本にとっての「権威国」と呼ばれる国が、歴史の中で変わってきたことと関係しています。
かつて日本の権威国は「中国」でした。中国は日本よりも偉い存在で、日本は中国に属しているという意識を持ちながら過ごしてきた歴史があります。近代になると、今度は「ヨーロッパ」が権威国となり、さらに戦後から現在にかけては「アメリカ」が日本にとっての権威国に変わってきました。
そうした権威国の変化の中でも、言葉において中国が権威国であったことは、とても重要な意味を持っています。なぜなら中国は、日本に文字をもたらした、日本の文字文化の祖だからです。それまで日本は長らく「文字のない国」でした。5世紀頃になって初めて、中国から文字、つまり漢字を輸入します。文字を獲得したことで、記録を書くことが可能になりました。当初はすべて漢字で文章を書いていましたが、和歌や固有名詞など、日本語でしか表せないものについては、漢字の音を使う『万葉仮名』が用いられました。この万葉仮名を基盤として、のちに『平仮名』や『片仮名』が生まれます。
日本にはもともと文字がなかった
↓
その状態で、中国から漢字を授けられ、その漢字を使って日本語を書く術を得た
↓
そして、その漢字をアレンジして平仮名や片仮名を作り出した
このような文字の歴史の流れが、大きなポイントになります。 戦前頃までは、公的な文書は漢文、あるいは漢文訓読文で書かれていました。つまり、漢語は権威のある言葉であり、正式な言葉として浸透していたのです。一方で、和歌や私的な手紙は和語で書かれていました。公的で正しいものは「漢語」、私的で卑しいものは「和語」という関係性が、長く続いていたのです。
日本語は、とにかく異文化交流が肝になっています。文字がないところに漢字が入ってきて、そこから仮名が生まれました。しかし、仮名が生まれたからといって、漢字を捨てることはありませんでした。漢字と仮名を両立させて使い続けてきたのです。さらに、室町時代頃になるとローマ字も入ってきます。日本語は、さまざまな文字を取り入れ、それらを自国の文字として使ってきました。
日本語研究では、単語を出自によって分類したものを『語種(ごしゅ)』と呼びます。日本固有の言葉である和語は、柔らかく、日常的で身近なイメージがあります。一方、中国語由来の漢語は、固く、公的で、専門的なイメージを持ちます。そして外来語は、新しく、洗練された印象を与えるんですね。
日本語の語彙においては、語種が変化していきます。時代ごとに、どの語のボリュームが大きいのかがだんだん変わってきます。漢字が入ってくるまでは、当然ですが和語のボリュームがもっとも大きかった。この和語だけの世界に漢字・漢文が入ってきて、その後に外来語が入ってくると、外来語のボリュームがぐっと増えてきます。
実は語種と意味分野には、かなり明確な対応関係があります。<目>や<手>、<母>や<父>といった身近な存在、あるいは動作や感情を表す言葉は和語が担当しています。一方で、「抽象的な概念」や「新しい思想」「新しい具体物」などは、和語では表現しきれないため、漢語や外来語が担うことになります。これが、日本語の語彙構造です。奈良時代や平安時代はほとんどが和語の世界です。そして、江戸時代から明治時代になると漢語が増え、現代になると外来語が増えてくるんですね。
[講座スライドより]
では、なぜ鎌倉時代の頃に漢語が増えたのでしょうか。それは、鎌倉仏教が盛んになったことに起因しています。仏教の言葉は漢語であるため、宗教の広がりとともに、漢語も日常に浸透していったのです。
次に、「翻訳語」についてお話します。明治時代になると、外国の言葉が日本に入ってくるようになりました。この外国の言葉を、当時の人たちは一度中国語に訳し、そして日本語に訳し直してから取り入れたんですね。こうして生まれた漢語を「新漢語」と呼びます。
西洋の概念を受け入れるうえで、翻訳語が果たした役割は非常に大きなものでした。おそらく、和語だけでは西洋の概念を受け止めることはできなかったでしょう。この翻訳語を牽引したのが、明六社という出版社に関わった人々です。彼らが、西洋の言葉を翻訳するときに漢語を作り出し、日本に広めました。皆さんもよくご存知の福沢諭吉も明六社の同人の一人です。今でも使われている「演説」や「革命」などの言葉は、福沢諭吉が使い出したと言われています。他にも、「概念」「主観」「客観」など、今でも非常によく使う言葉を彼らが生み出して使うようになってきたのです。
[講座スライドより]
なぜ、漢語で受け入れたのかというと、当時の教養のある人たちは「漢学」に精通していたからです。漢文が読め、漢詩が作れることが、教養の証でした。そうした人々が翻訳者となり、西洋文明を日本に伝えました。
教養の基盤が漢学なので、新しい言葉が入ってきたときに、一度自分たちの知識がある言葉として漢文で表現します。当時は出版物や政府の公的な発信も、漢文訓読文でした。ですから、漢文が日本文化の中で正式なもの、格の高いものという感覚だったんですね。漢語が、政治的な権威を持っていた権威語でした。また、語種でもお話しましたが、漢語・漢字は日本の公式的な言葉であり、専門用語や学術用語らしい、かっこよく知的なニュアンスを含めることができたんです。
しかしながら、そこには不正義がありました。
たとえば、訳すと「権利」という意味を持つ「right」という英単語があります。この「right」が持つ本来の意味は、1つ目に道徳的な正しさに基づく権利、2つ目に法律的な正しさなんです。自己のために一定の利益を主張したり、それを受けたりすることができる法律上の力のことを「right」と言います。
ただ、この「right」という言葉を初めて見た翻訳者たちは、「どうやって訳せばいいのだろうか」と考えました。そもそも当時の日本の伝統的な思想の中には、法律が保障する正しさと、道徳的な正しさを切り分ける感覚が全くなかったからです。「right」をどう訳したら、「right」の持つ意味を漏れなく伝えることができるのか。
[講座スライドより]
「権利」という言葉が浸透する前は、音は一緒の言葉が両立していた時期があります。それが「権理」です。それが1900年代ぐらいに、「権利」に徐々に統一される様子が見られます。「権利」が複合語になるとき、「日照権」「基本的人権」のように「〇〇権」として使われるようになりました。「権」というのは、1文字だけでも「パワー」の意味がとても強い漢字です。そこから、この「権」という言葉が幅を利かせるようになってくるんですね。
翻訳者たちは「right」をうまく表そうとして、「権」という字と「利」という字をうまく繋げて1つの単語を作りましたが、実際には「権」と「利」いう文字が持つ権力と利益という中国語由来の意味にどんどん偏っていってしまうということが起きました。
これは、翻訳語が定着することで、「right」が持っていた概念的な意味を理解する機会を奪ってしまったということです。もしかしたら、「権利」ではなく「権理」「憲理」などと訳していたら、本来の「right」の意味を日本人は獲得できたかもしれません。でも、それはうまくいかなかった。
そのため今日の日本人の受け止めとしては、自分の権力と利益みたいなところに帰着してしまっていて、今「〇〇権を行使する」「〇〇権を主張する」というと、力ずくで押し付けようと自我や欲求の強い人という印象になってしまっているわけです。
以前私は、広辞苑の語釈を書き換える仕事に携わっていたことがあります。辞書の改訂には、大きく2つのポイントがあります。
1つ目は、「項目」の改訂です。たとえば新しい言葉を追加する時、編集者はその言葉がどういう場面・文脈で使われているのか、いわゆる用例を数多く調べ、分析した上で辞書に組み込みます。また、現在掲載されているものの、今では使われていない項目については削除も検討します。
2つ目は、語の意味を説明している「語釈」の改訂です。語釈の見直しに加え、語の使われ方を示す「用例」の見直しも行います。最近では紙の辞書だけでなく電子辞書が普及しています。紙の辞書の場合、掲載できる情報には限りがありますが、電子辞書であれば制限が少ないため、語源・由来、語形、語義や用法の変遷といった語誌の充実も図ることができます。
三省堂国語辞典の第三版の主幹を務めた見坊豪紀さんは、序文で次のように書いています。
辞書は“かがみ”である――これは、著者の変わらぬ信条であります。辞書は、ことばを映す“鏡”であります。同時に、辞書は、ことばを正す“鑑”であります。
つまり、辞書というのは、今使われている語のあり方をそのまま掲載すれば良いというものではありません。辞書は言葉のガイドであり、標準を示すもの。「ことばを映す“鏡”」でありながら、「ことばを正す“鑑”」でもあるのです。
現在出版されている辞書は、一般的に10年前後の周期で改訂されます。改訂の際には、どの語を見出し語にするのか、どの語を項目として採用するのか、あるいは不採用とするのか、そして語の意味をどのように書き換えるのかを検討します。
では、辞書の中にはどのような不正義があるのでしょうか。
まず、見出し語そのものに不正義が含まれている場合があります。いわゆる差別語や、偏見を含んだ語です。たとえば「ジプシー」「混血」「痴呆」などがあります。ただし、過去に実際に使われていたことを示す必要もあるため、完全に削除することができない語もあります。
次に、語釈の内容に不正義が含まれている場合です。たとえば、三省堂国語辞典の1960年の初版では、「おんな」は次のように説明されていました。
人のうちで、やさしくて、子供を産み育てる人。
今見ると、衝撃的ですよね。その衝撃はどの部分にあるのでしょうか。そして「おんな」を書き換えるとしたら、どのような語釈にすれば良いのでしょうか。先ほど、辞書は言葉のガイドであり、標準を示すもの、「ことばを正す“鑑”」でもあるとお話しましたが、その“鑑”として、この語釈で良いのかを常に考える必要があるのです。
辞書の改訂では、『ポリティカル・コレクトネス』という考え方も重要になります。ポリティカル・コレクトネスとは、人種・宗教・性別などの違いによる偏見や差別を含まない、中立的な表現や用語を用いる考え方のことで、アメリカで広まり日本語でも影響を受けています。たとえば、かつて「看護婦・看護士」と表現していたものを「看護師」に、「保母・保父」を「保育士」に改めたことなどが、ポリティカル・コレクトネスの例として挙げられます。
さらに、2020年前後になると、辞書の語釈を大きく見直す動きが広がり、不正義の解消を目指した改訂が進められました。一例として、<女らしい><恋愛>の語釈改訂を見てみましょう。
[講座スライドより]
[講座スライドより]
このように、辞書に関しては、少しずつですが確実に時代に合わせて変わることで、不正義が解消されていることもあります。ただし、解消したからといって手放しには喜べない側面もあります。それは、辞書には大きく2つの機能があるからです。
1つ目は、日本語を「受容するため」のガイドであることです。古典を含め、私たちが読む可能性のある日本語を、その言葉が使われていた当時の意味のまま理解するためには、その語彙や記述が必要になります。2つ目は、日本語を「運用するため」のガイドであることです。私たちが今、そしてこれから日本語を適切に使っていくための語彙や記述が必要になります。
このように、辞書には2つの機能があり、それに対応する2つの書き方があります。私たちはその違いを理解した上で辞書を使いことなすためには、知識や教養、そして倫理観が求められるのです。